禅を仕事に取り入れる 苦しみとどう向き合うか

仕事をしていると、いろいろ苦しいことがあります。

人間関係に悩んだり、
成果が出せず行き詰まったり、
周りの評価が気になったり、
お役に立てているのか不安になったり、
同僚と自分を比べて自己嫌悪に陥ったり、
自分ばっかり損をしていると腹が立ったり、
自分の存在価値が分からなくなったり、
これが本当にやりたいことなのかと疑問が湧いてきたり、

会社員時代、私自身本当に葛藤の日々でした。

では、幸せや充実感はどこにあるのか。

以前は、どこかにある幸せを探していました。
光を求めていました。

しかし、禅に出会い、生きることは苦しみである。まずは苦しみに向き合うという生き方があることを知りました。

苦しみには大きく分けて2つあるようです。

1つは、日々の苦しい出来事。これを禅の師匠は「私の問題」と表現されます。

最初に上げた悩みや葛藤は「私の問題」に分類されます。

実は、苦しみにはもう一つあるのです。

それは、「私という問題」

これは、なかなか言葉では表現するのが難しいのですが、私なりの理解でお伝えすると、「AかBか」どちらが正解かで悩むのは私の問題と言えます。
実は、AとBには私自身が抱えている大きなテーマがあります。

それが「私という問題」です。

先日、あるプロジェクトに参加するかどうか葛藤していました。
本当にやりたいかどうか、金銭、時間、優先順位などいろいろ考える要素があります。このときはなかなか決断できませんでした。
次第に焦りが募ってきます。

ここまでは「私の問題」です。

しかし、迷い悩む中で、ふと気づいたことがあります。
それは、早く答えを出さないといけないと自分が思い込んでいたこと。
昔から、「決断は早く」が信条でしたが、
実は「時間」という概念が自分を苦しめていたことに気づいたのです。

今、決断してもいいし、今決めなくてもいいじゃないか。
新しい選択が生まれたのです。

これは正解かどうかという問題ではありません。

大事なことは、そこに気づけたことで、心がふっと楽になれたということです。何かずっと自分を縛ってきたものがほどけた感じでした。

これが師匠が言っていた「私という問題」ではないかと推測しています。

人には、目に見える問題の奥に、私というテーマを持っています。
そこに向き合うということが、「苦しみと向き合う」ということの入り口かなあと思っています。

生き方と禅についてお伝えしているnoteの記事を更新しました。
今回のテーマは『禅を仕事に取り入れる 苦しみとどう向き合うか 人は傷つくから優しくなれる」です。

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