【禅を仕事に活かす】 気づけば問題は成仏する 偏った心から中道へ

最近、一週間前に書いた原稿でも、どんな内容を書いたのか詳細を覚えていません。自分が書いたのかどうかも定かではないのです。以前はしっかりと覚えていたのに。

そういえば、「えー。あれなんだっけ?あれだよ。あれ。」と言うことが増えてきたと妻に言われました。以前はそんなことなかったそうです。まだ50手前なのにちょっと早くないか。ちょっとショックでした。

自分で言うのはなんですが、どこかで聡明さを自負していたのかもしれません。確かに最近、聡明さは影を潜めてきました。

代わりに、書いたものを読み返すと、なかなかいいことを書いているなと感心したりします。そして、読んでいるうちに新たなアイディアが湧いてきて、また次の原稿を書いている。

私にとって書くことは旅のようです。

別れるから出会いがある。忘れるから新鮮さがある。

人生も折り返しを過ぎました。往路は覚えてGETする人生だったのかもしれません。そして復路は忘れて手放す道なのかもしれません。

私自身が感じた禅と日々の生活の気づきについてお伝えしているnoteの記事を更新しました。

今回のテーマは「禅を仕事に活かす 偏った心から中道へ」です。

あらためて今回の原稿を読み返してみて一番好きだったフレーズは、「気づけば問題は成仏している」でした。

問題と感じたときに、その問題は外側にあります。

問題を解決しようとするのは、外だけへのアプローチです。さまざまな状況が絡み合う中で、答えを出そうとするほど苦しくなります。外側だけを見ていると、偏ってしまいます。

問題というのは内にもあるのです。相手が問題だと思っている中で、自分に目を向けるのはなかなか大変です。でも内側に目が向いたときに、それは問題ではなく、自分を知る手がかりになります。

そして、外側と内側がつながったときに、思ってもみなかった「気づき」が生まれてきます。この気づきは愛に溢れています。

相手を責めるのでもない。自分を責めるのでもない。慈愛が包んでくれているのです。

興味のある方はこちらからご覧になれます。

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