禅を仕事に活かす 中道とフラットな心

どうも私は「自分を閉じる癖」があるようです。いろいろ考えていると、気がつくと自分だけの世界になっていきます。

最初、自分の内側に意識が向いていると楽です。周りと切り離されることで静けさが戻ってきます。しかし、時間が経つにつれて他者や周りに対して敏感になってきて、嫌なことばかりが目につくようになります。これは自分に閉じこもっている状態なのでしょう。

そして不思議なことに、閉じこもっているときほど、周りのことや自分に対して安心感を失います。ちょっとした違和感が気になったり、考えすぎて決断できなくなったり、評価へのこだわりが生まれたり。そうしているうちに、孤独感が深まっていきます。

先日、「坐禅は自分を開くこと」という教えをあらためて思い出しました。

そういえば、クライアントさんとのセッションでは、自分を開いています。ただ身心を開いて、共にいる。話を聴きながらジャッジが生まれ、ジャッジを手放していく。いつしか、話し手、聴き手という役割が消えていきます。そこに、新しい言葉が顕れてきます。

自分を閉じて内側に向きすぎているとき、過去に戻っているような気がします。勇気はいらないけど、心も身体も固まっていきます。

そして、自分を開いているとき、新たな自分に出会っているように感じます。ちょっとだけ勇気はいるけど、新鮮な風が吹き込んできます。

「自分を開く」「自分を閉じる」

クライアントさんとのセッションのように、自然に自分を開いているときがあります。

一方で、大人数の場では、自然に自分を閉じています。

しかし、この「自然に」というのが、案外「不自然」だったりします。一方で最初は不自然に感じても、自然になっていくこともあります。

「聴く」というのはその一つでしょう。人のことを聴くには、我慢が必要です。あるいは、待つことも必要です。最初は不自然なのです。しかし、鍛錬を積み重ねる中で、それは自然になっていきます。それは新しいですが、オリジナルな自分でもあります。

まだまだ自分自身も知らない「自分のあり方」があります。「癖」という覆いを取り除けば、本来の自分が顕れてくるのです。

人は「楽」な方を選ぼうとします。しかし、楽だから本来の自分とは限りません。もともとの自分に戻ることを邪魔するのも自分なのです。

こうして書きながら、また少し自分の内側に意識が向き始めました。今回はこの辺でやめて、今日一日、心と身体を開いて過ごしたいと思います。

禅を仕事について活かすnoteの記事を更新しました。

今回のテーマは「中道とフラットな心 いつも自分に寄り添ってあげること どんな自分にも寄り添ってあげること」です。
こちらからご覧になれます。

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