心を空じること 怒りが止まらないときに

怒りが止まらなくなるときがチャンス 「空じる」というあり方とは

私の癖は、反応が早いことです。

以前は、反応が早いことは良いことだと思っていました。レスポンスの早さであり、機転が利くことであり、素早く判断し、答えを早く出すことが必要だと思っていたのです。もちろん、スピードが大事な局面もあります。

ただ早さに偏ると、失うものがあります。それは、深さと味わい。

 

ちなみに反応が早いときは、皮膚の表面で反応している感じです。ときには、まだ触れていないのに、触れることを予想して、ジャッジしている場合もあります。

反応が早くなっているときというのは、緊張感があります。また、何が来るか身構えているので、身体も心も固いです。

 
最近のテーマは「受」です。
 

シンプルにいうと、まずは素直に受け取ることを心がけています。少なくとも、判断を先走らせない。

これは、ご飯を食べるときも同じです。人は、過去に食べたことがあるものは、どんな味がするのか予想できます。この働きを理解しておかないと、つねに予想した味で食べてしまうのです。

なので、予想せず食べてみるというのは、まず身体と心をリセットする必要があります。そして、今日の味を受け取ってみる。

すると、不思議なのですが、「いつもの味」とは違う、新鮮さを感じるときがあります。

 

人の話も同じです。相手が話しはじめると、大体どんなことが言いたいのか予想します。ひどい場合は、話す前から予想がつく場合もあります。そうなると、話を聞きながらどういう答えを返そうか考えはじめます。

逆に、自分が話し手のときには、そうやって話を聞いている相手に対しては、話したくなくなっていきます。肌感覚で自分が言いたいことが相手に届いているのかどうかを感じているからです。面白いですね。話しながらも反応しているのです。

 
私にとっては、「受け取る」というのは修行です。まずは、予想を手放す。そして、ジャッジするのではなく、まずは素直に受け取ってみる。それは言葉だけではなく、相手から自分に向けられたエネルギーを感じるということも含まれています。
 
心がいっぱいでは受け取ることはできません。皆さんも経験があると思うのですが、いっぱいいっぱいの人というのは、こちらにも余裕のなさが伝わってきますよね。いっぱいというのはそれ以上入らない状態なので、相手に対して閉じているのです。話す前から、居心地の悪い状態では、いい対話になるはずはありません。
 
まずは、自分の中にスペースを作ること。スペースとは空白とも言えます。心にスペースが生まれてくると、自然に心は相手に対して開きはじめます。
 

禅と仕事についてお伝えしているnoteの記事をアップしました

今回のテーマは『怒りが止まらなくなるときがチャンス 「空じる」というあり方とは』です。

 
怒りとは、反応が早くなっているサインです。怒りが湧いているときが、自分を知るチャンスといえます。
 

大事なのは、相手の見え方です。

「受」を訓練していくと、相手が新鮮に見えてくることがあります。

 
相手は変えられませんが、自分のあり方は工夫していくことができます。
 

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