「考える幸せ」と「体験する幸せ」の違い

これまで私は、「種を蒔いて水をやる。芽が出るまでじっと待つ。」ということを大事にして生きてきました。

石の上にも3年。3年で芽が出なければ5年。

 

ただ出来る努力を続けること。

コーチとして独立したときも、「とにかく10年やり続けることができればプロになれる」という先輩の言葉を胸に日々頑張ってきました。そして、気がつけば15年が経ちました。

メールマガジンも300号を超えました。なんとか毎週書き続けられています。

周りからは粘り強いですねと言われることもあります。好きなことを続けることはできるのです。

 

一方で、食堂は綱渡りの日々です。何が起こるのか分からないので、いつも不安で仕方ありません。

お客さんが少ない日は、これで大丈夫かと不安になります。
お客さんがたくさん来店いただいた日は、ちゃんと喜んでいただけたのかと不安になります。

最近、私は瞬間的に生きることが苦手なことに気づきました。

「今」というのは、幾重もの「とき」が流れています。

じっくりという長いスパンの「とき」は、心が落ち着きます。

一方で、瞬間的な「とき」は、サーフィンのようなもの。来る波は予想できません。じっくり構えていては、すぐに波から落ちてしまいます。エキサイティングな「とき」に身体も心も慣れていません。

今まで、「じっくり」にこだわっていたのかもしれません。だから、いかに波に乗れるかを日々ドキドキしながら体験しています。

「今この瞬間」を生きることが大事なことは、誰しも分かっているでしょう。しかし、いかに今を生きるかというのは、まさに禅の修行であるように、簡単ではありません。

生きることと禅についてお伝えしているnoteの記事を更新しました。

今回のテーマは『今にチューニングしましょう 「考える幸せ」と「体験する幸せ」は違う』です。

 

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