無心への入り口 「わたし」に出会ういのちの対話
私とはなんだろう?
子供の時、ずっとそんな問いを持っていました。
私は、高野豆腐が嫌いだ。
私は、シャーロック・ホームズが好きだ。
言葉で表現できる「私」は、自分サイズの私。
結構小さい。なんとか小さな枠を破りたいともがいていました。
早く大人になりたかったのは、 少しでも自分のサイズを大きくしたかったのだろうか。でも、 体は大きくなっても、言葉は大きくはならなかった。 大げさにはなったかもしれないけど(笑)
言葉には、サイズがあります。
自分サイズの言葉。
自分と相手を包む言葉。
場から現れる言葉。
宇宙とつながった言葉。
自分を解き放つほど言葉は広がっていく。
私サイズの言葉には限界があるけど、つながった言葉は無限。
自分で考えた言葉には枠があるけど、 引き出された言葉は周りと溶け込んでいきます。
これは既存の「私」から新しい「わたし」への旅。
言葉で表現するには限界があるけど、言葉への真摯な姿勢は、 言葉にならない世界と出会わせてくれます。
今は「私とは何か?」という問いは消えました。
その代わりに、新たな問いが生まれています。
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今回のテーマは「無心への入り口 「わたし」に出会ういのちの対話」です。
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