主客逆転のメンタルトレーニングその2 無心になるには?

スポーツ選手とメンタルトレーニングをしていると、「軸」に関しての悩みをよく聞きます。

軸があるときには、自然にいい感覚でプレーができます。

一方で、軸が消えているときにはフィーリングが悪くなります。ただ焦って軸を作ろうとすると、逆に軸は消えていきます。これは頭で考えた軸だからです。

軸とは、実はいつもあるのです。いかに軸を感じられるかが、禅メンタルトレーニングです。

軸というと、体幹のようなものをイメージするアスリートも多いのですが、まず軸とは一本ではないのです。また、自分で作るものでもありません。軸とは、自然に顕れてくるのです。

身体や心が偏っていると、偏った軸が顕れてきます。

決して偏った状態が悪いわけではないのです。気に入らないから直そうとしないことです。人はつい、調子がよいときの軸を覚えていて、その軸を再現しようと努力します。しかし、理想の軸を目指して頑張るほど、その時点ですでに偏っているのです。

坐禅をしていても、つい息の出入りを直そうとします。息が浅くなっていれば深く吸い込もうとしたり、早くなっていればゆっくりと吐こうとします。

どこかにいい呼吸があって、それに合わせようとするのです。ただ、その心の状態はすでに身体の自然の状態とズレています。これが、軸がないと頭でジャッジしている状態です。

一息として同じ息はありません。深くなったり、浅くなったり、早くなったり、遅くなったりします。

坐禅しているときも、もっと自然に息が出入りするようにいろいろトライします。地面にしっかりつながってみたり、全身で呼吸を感じてみたり。この試みをしているとき、良い呼吸を目指す意識になっています。

禅の師匠である藤田一照老師によると、何かを目指して坐っているとき、それは坐禅ではなく、習禅だそうです。

坐禅は只管打坐です。呼吸が呼吸するのに任せること。良い悪いとジャッジせず、そのままを感じること。

藤田老師によると、「習禅」と「坐禅」のあいだに差異はあっても優劣はありません。ただ習禅と坐禅は違うことを理解しておくことが大事です。

自分はどちらの方向で坐っているのか。

同じように坐っていても、只管打坐で顕れてくる軸と、習禅で顕れてくる軸はまったく違います。

まずは、ぜひ体験してみてください。

スポーツと禅についてお伝えしているnoteの記事を更新しました。

今回のテーマは、「主客逆転のメンタルトレーニングその2 無心になるために…」です。

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