人は嫌うもの 悲しみの涙が天命になる

人は嫌うもの 悲しみの涙が天命になる

誰かに嫌われたとき、あなたはどう言葉にするでしょうか?

なぜ?どうして?

これは理由を問う言葉。

どうすれば?

これはどうにかしようとする言葉。

さらに、怒りの言葉がやってくるかもしれません。
あるいは、憎しみを言葉にするかもしれません。

さらに、私の場合は、責める言葉が湧いてきます。
相手を非難したり、自分を許せなかったり。

これらの言葉は良い悪いではありません。

ひとつ言えるのは、とても馴染み深い表現ではないでしょうか。

人には表現しやすい気持ちと言葉にするのが難しい気持ちがあります。

言葉にしやすい気持ちは、それは表面で見えやすいのです。

一方で、「悲しみ」はなかなか言葉になりません。

悲しみはとても深い場所にあります。なかなか悲しみには辿り着けません。

丹念にひとつひとつさまざまな気持ちを体験していくことが必要です。これが悲しみにいたる道です。

あるとき、ふいに涙が溢れてきたことがありました。

なぜ涙が溢れてきたのか。自分でもよく分かりません。

胸がきゅーっとなり、自分が愛おしくなったことを覚えています。

悲しみにはさまざまな気持ちが含まれています。悲しみには、すべてのものを包みこむ優しさがあります。

悲しみは涙となり、嫌われることへの恐れや怒り、憎しみの言葉を洗い流してくれます。

 

そして、過去の言葉は新しい言葉に生まれ変わります。そこからまた新しい人生がはじまるのです。

生きることと禅についてお伝えしているnoteの記事を更新しました。

今回のテーマは「人は嫌うもの 悲しみの涙が天命になる」です。

 

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