ときの仕事

 
 
実は今朝、仕事で大きな問題が発生しました。朝5時すぎにスタッフから緊急連絡が入り、さきほどまで関係先との連絡でバタバタしていました。
いつもなら、もっと焦って対応していたと思います。あるいは、先々のことまでいろいろ心配が浮かんできて、胸がいっぱいになっていたと思います。スタッフに当たっていたかもしれません。(もちろん今もザワザワしていますが)

ただ、今回は問題がおこったときに、日頃禅で学んでいることを実践できるチャンスだと思いました。

そこで「ときの仕事」というキーワードが浮かんで来ました。
 
禅の修行は、生かされている自分を味わうことともいえます。空気、重力、大地、そして「とき」というのも実は与えられている力です。
 
いかに「とき」の力を感じられるか。
 
ときの力を感じられていないと、時間に追われているように感じたり、逆に焦って空回りしたりします。
 
このときは、まさに「とき」を感じるようとしばらく目を閉じてみました。
 
すると、次第に泡立っていた心が落ち着き、以下のような言葉が現れてきました。
 
起こったことは仕方がない。

未来についてもアンコントロールな事を心配しても仕方ない。

今できることは何か。大ときの仕事事なことは何か。
成すべきことをやって、あとはただ起こってくることを待つ。

解決されない問題はありません。結局はなるような形になっていく。

ときのサポートを少しでも感じられると、「自分がしなければ」という意識が薄まるようです。

何かの偶然かもしれませんが、ちょうどnoteに「ときの仕事」について記事をかいたばかりだったのでもしよければご覧ください
 

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