禅は儲からない道

禅をなぜ学ぶのか。

いろいろな方に質問されることがあるのですが、答えるのはなかなか難しいです。

あえて言葉にすると、禅のあり方を普段の生活で実践しているということになるのでしょうか。

もちろん、お坊さんではないのでお寺の修行のようにはいきません。私にとっては、この俗世でどう生きるのかが修行といえます。

坐禅することからはじまり、食べること、掃除をすること、話すこと、聴くこと。
そして今、修行させていただいているのは、食堂事業です。

食堂というのは、見方によってさまざまな側面があります。

ご飯を多くの人に食べてもらってお金をいただく商売でもあります。
食を通して世の中の健康や幸せに貢献することでもあります。
経営者としてスタッフさんの人生をサポートすることでもあります。

私自身はどこに軸足を置くのか。いつも試されています。

仕事と禅についてお伝えしているnoteの記事を更新しました。

今回のテーマは「禅とは儲からない道」です。

三幸食堂という名前には3つの幸せへの願いが込められています。

3つの幸せとは、まずは自分が幸せであること。2番目は周りが幸せであること。そして、生きとし生けるものが幸せであること。

ある友人は、三幸食堂は「自分、みんな、世界が幸せになる食堂」ですねと言ってくださいました。そんな食堂になれたら本当に嬉しいですね。

食堂を継続していくには、お金が必要です。思いだけでは成り立ちません。しかし、私が儲けにはしると、食堂が成すべき役割から逸れてしまうのではないかとも思います。

お金とどうお付き合いするか。

どこまでが最低限必要な欲で、どこからが強欲なのか。

これは、禅の命題でもありますが、私自身にとって大事な宿題です。

ゼロか100ではない道を、試行錯誤することが修行ではないかと思っています。

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