「やるかやらないか」と迷ったときに陥りやすい二者択一の罠「一心一切法一切法一心」

「やるかやらないか」と迷ったときに陥りやすい二者択一の罠 禅の教え 一心一切法一切法一心
 
先日、禅の師匠である藤田一照老師が、「禅の修行において師匠は、弟子が右に偏っていると思えば左を示し、左に偏っていると思えば右を示します。だから、答えというのはそのときによって変わるのです。」と話されていました。
 
これはまさにコーチとしてのあり方で大事にしていることです。
 
人は偏ります。それは自然なことです。
 
ただ、偏っていることに気づいていないと、執着やこだわりに囚われるようになっていきます。
 
本当の苦しさとは、人から与えられるものではなく、自分の中にある執着やこだわりに囚われることなのです。
 
人のせいにしているとき、人が信じられなくなるとき、裏切られたと怒りでいっぱいになるとき、それは何かに囚われているのです。
 
セッションでは、その偏りに気づけるかをサポートしているように思います。
 
ただ、偏っているときにはかなり心が固く閉じられているので、偏っていることを受け入れることが難しいです。
 
これはクライアントだけではなく、コーチの人間力が試されるときでもあります。私自身をいかにニュートラルにしておくか。
コーチが正しいかどうかという視点で見ると、クライアントさんの偏りはさらに固くなります。
 
コーチがなんとかしようと関わると、クライアントさんは絶対に動かないぞと頑なになります。
 

ニュートラルとはなかなか難しいです。

私が見えている右と左のスケールは禅の老師が感じる右と左とはまったく違うと思います。広さも深さもその源も。
 
 
 
禅と仕事についてお伝えしているnoteの記事をアップしました
 
今回のテーマは『「やるかやらないか」と迷ったときに陥りやすい二者択一の罠』です。
 
物事を見るときには、行き詰まる方向と広がっていく方向があります。
 
選択するときに、「やるかやらないか」「成功か失敗か」という二者択一になっているときというのは、行き詰まっていく方向といえます。
 
では、広がっていく方向とは何か。
 
迷っているときに、大切にしてほしい心についてお伝えしています。
 
 

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