後悔があるから今を生きられる

先日、妻の母親が亡くなりました。

心筋梗塞で本当に突然のことでした。
亡くなる前の週、妻が会ったときにはすごく元気だったのに。
親子丼を作ってくれて、笑いながらいっしょに食べたそうです。

葬儀が終わって一週間あまりが経ちました。
妻は何かの拍子でお母さんのことを思い出すのでしょう。
そのたびに涙が溢れています。

心の中にはいるのに、現実にはいなくなったとまどい、寂しさ。
見ていると、私も涙が出てきそうです。

死とはさまざまな感情をもたらしますね。
楽しい思い出だけではなく、とまどいや葛藤、
苦しさと付き合うことを余儀なくされます。

妻にとってお母さんの死は、あまりにも突然のことだっただけに、
まだいなくなったという実感がないようです。

そして、「これをしてあげておけばよかった」とか
「これを伝えておけばよかった」といろいろな後悔も湧いてきて、
そのたびに涙が溢れてきます。

これまでさまざまなクライアントさんと出会う中でも、
「後悔」はなかなか重いテーマです。
もうこの世にはいなかったり、取り返しがつかない関係に
なっていたりします。

大切な人の死だけではなく、仕事や人生のさまざまな出来事について、
「なぜあのときあんなことをしてしまったのだろう」
「なぜあのとき、もっと相手のことを考えてあげられなかったのだろう」
「あのときこうしていれば」という後悔を誰しも持っていると思います。

死や病、別れは、何か大切なことを教えてくれるのだと思います。

後悔はその後の生き方を左右します。
忘れるという選択肢もありますが、無理に忘れようとすると、
むしろ過去に縛られてしまう可能性があります。

過去に囚われた人生と、過去を今の糧にする人生は違います。

後悔が心のどこかに残っているくらいの方が、
その後にいい人生を送れるように思います。

過去を忘れず教訓にするというのが、ほどよい過去との
付き合い方ではないでしょうか。

禅では、今この瞬間に過去も未来もすべてがあるとされています。
私が尊敬する人たちを見ていると、過去の後悔も辛さも
すべて背負いながら、今を楽しく生きているように感じます。

同じような後悔をしないために、今を懸命に生きる。
これは後悔を糧にしている人生です。

私自身、過去を振り返ると、さまざまな後悔があります。
受験での失敗は、今のメンタルトレーナーとしての原点になっています。

どうしてしまうと実力を発揮できない、どうすると燃え尽きる
ということを身をもって体験したからこそ、同じような
悩みを持つ人たちの気持ちに寄り添えるのかもしれません。

また、学生時代の友人たち、会社員時代の同僚や部下と上手く
付き合えなかったという経験は、今でもよく思い出します。

自分の傲慢さ、器の小ささ、欲深さで周りの人達にいろいろな迷惑を
かけましたし、頑張るほど孤独を感じるようになっていきました。
その理由が分からず苦しかったです。

これらの苦しみが禅に興味を持つきっかけになりました。
過去の後悔や苦い経験を今に生かすことが出来ている
というのは、自分でも少しは成長したかなと思います。

できれば、後悔は誰かに話した方がいいと思います。
もちろん、後悔は楽しい思い出ではありません。
恥だと思っているケースもあります。

心の深い部分だけに、話すのは勇気がいるかもしれませんが、
これまで出会ったクライアントさんを見ていても、
話すことで自分の中で整理がついていきます。

過去について話しても何も変わらないのではありません。
話すということは、過去を許し、今を生きるという決断なのかもしれません。

妻からは、最近お母さんとの思い出話をよく聞きます。
何かが解決するわけではありませんが、ただ話を聴きながら、
寄り添いたいと思います。

後悔と共に今を楽しく生きましょう。

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