40歳からのアメリカ挑戦日記102 何もないという絶望に希望の灯りが見える

アメリカ挑戦も5年目に入り、色々な芽が出てきたことを
先日このブログでお伝えしました。

実は今年10月にアメリカに行く前には、絶望にも似た
暗い気持ちでいました。
セミナーにも人は集まらないし、期待していたプロジェクトも
前に進まない。

渡米前には「もう何にもない」と、つい弱音が出ました。
色々取り組んできたことは何だったのだろう。

5年前、師匠に会うためにアメリカに行き始めて以来、
とにかく無我夢中でやってきました。
色々な苦労や失望があっても希望だけは消えていなかったのですが、
このときは、心の灯火が消えそうになっていました。

「何もないし、何も期待しない。ただ行ってくる。」
そう妻に告げて、旅立ちました。

ところが、不思議なことに滞在中、様々なご縁がつながり始め、
これまでで一番充実した滞在になりました。

まだ何も形にはなっていません。

しかし日本に帰国する飛行機から
アメリカ大陸を見ているときには、
心に希望の灯りが灯っていました。
まさに絶望の暗闇に見えた一つの灯火でした。

「何もない」と感じているのは絶望した状態だと
思っていましたが、考え違いをしていたのかもしれません。

禅には「本来無一物」(ほんらいむいちもつ)という
言葉があります。

これは、字のごとく、
人は何も持たず生まれてきて、何も持たず死んでゆく。
本来、空であり、無である
ということを意味します。

そして、「無一物中無尽蔵」(むいちもつちゅうむじんぞう)
と続きます。
何も無い中に、何もかも有るということでしょうか。
何事にも囚われない心を持つことで、
限りない世界にいたるとされています。

「何もない」という心境は、とても辛いものでした。
しかし、だからこそ様々な執着を手放せたのかもしれません。
すべてを投げ出すと裸になる。温かさが身に染みました。

日本に帰って来た今も「何もない」という心境を
大事にしています。
何もないからこそ、あるものが大事に思える。

そんな感じかもしれません。

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