40歳からのアメリカ修行日記154 掃除の心構え

きょうは、ロサンゼルスにある禅宗寺で小島秀明ご住職から禅のご指導をいただきました。

今回のテーマは「掃除」。

禅の修行として「作務」があります。その一つが「掃除」です。

私自身、普段掃除は嫌いです。お恥ずかしながら、家事も最小限しかできていません。私にとってはなかなか大きなテーマです。

トイレ掃除は心の掃除ともいいますが、やらされるのではなく、自分から取り組むか。

先生自身、あまり掃除は好きではないそうですが、修行を重ねる中で、苦ではなくなったそうです。

小島先生いわく、「嫌なことを実は人は変えたくない。これは掃除だけではなく、苦手な人も一緒です。苦手だという思いを嫌いにして変えたくないのです。」

しかし、掃除に本気で取り組むことで、また見えてくるものがあるそうです。

たとえば、マグカップ。

マグカップは値段も安いし、最初は雑に扱いがち。しかし、長年使っていると、愛着がわいてくる。大切にすると、「もの」に魂が入っていくということかもしれません。

掃除を雑用とするか、修行とするかは自分次第。

ちなみに、小島先生が掃除の仕方をみせてくださったのですが、衝撃を受けました。私の思っていた掃除とは全く違いました。

ほうきを掃く手早さ、雑巾がけの圧倒的なスピード。本気度がすごい。お寺に修行に入った当初は、掃除をしていると、頭がくらくらして何度も倒れそうになったそうです。

私も体験してみて、雑巾かけをしている瞬間は、無心になりました。他のことを考える余裕がないのです。掃除もここまでやると、まったく別ものですね。他の参加者も新鮮な体験になったようです。

日本に帰って、まったく違う意識で「掃除」に取り組めそうです。続くかどうか自信はありませんが、嫌という意識が少しでも変わっていけばいいなと思っています。

ご指導ありがとうございました。

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