ゴルフのメンタルトレーニングと禅 当たり前の罠

ビジネスでもスポーツにおいても、練習を重ねる中で、出来なかったことが出来るようになります。一度自転車に乗れるようになると、もう無意識のうちにバランスを身体がとってくれるようになります。

一方で、慣れてくると「当たり前」という感覚が生まれます。練習を重ねることで出来ることが当たり前になってくると、自転車に乗るように無意識にプレーできるようになります。

しかし、禅の師匠は「慣れるのは危険です。当たり前を疑いなさい。」と話されていました。

練習を重ねることは大事です。一方で、練習して出来るようになると、出来て当然という意識を生み出します。

当たり前という意識は、出来ないのではないかという恐れを生み出します。練習では出来ていたのに本番では出来なかったと悔やんでいる姿を見ますが、これが当たり前の罠です。

しかし、何が当たり前になっているのかに気づくことがなかなか難しい。メンタルトレーニングでは当たり前になっていることを発見することからはじめます。

たとえば、ゴルフでは10ヤード刻みでクラブをセッティングされているのではないでしょうか。ただ、10ヤードが当たり前になっていると、逆にプレーの新鮮さが失われるのです。

クラブの飛距離通りに打たなければいけない。
練習の通り打たなければいけない。

こうした考えは、慣れや当たり前から生まれます。しかし、この意識は飛距離や正しいスウィングという枠にはめ込んでいるので、自由にノビノビとプレーすることは難しくなります。

こうした罠に陥ることを戒めるために、禅では「無常」と説きます。

「クラブの距離通りには打てない」「練習場通りには打てない。」ところからスタートするのが無常のプレー。

当たり前から脱却するためには、常に新しい風をプレーに取り入れることが肝要です。ゴルファーとのメンタルトレーニングでは、半分のクラブで回ってもらうことがあります。

簡単にいえば20ヤード刻みでゴルフを組み立ててみるのです。普段は10ヤード刻みで考えているので最初はクラブが足りないように感じると思いますが、この違和感が新しい状態です。いろいろ工夫しながら、20ヤードの距離を表現してみるのです。

一本一本の可能性を引き出そうとすることで、そこにイマジネーションが生まれるのです。同じゴルフでもまったく違うプレーが生まれます。これは当たり前プレーの逆です。

週刊ゴルフダイジェストに連載中のメンタルトレーニングのコラム「禅の境地へ」第170回のテーマは「ハーフセットで回る」です。

ご興味のある方はご覧ください。

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