これまで3回にわたり「受け身」の心を作ることが
身体と心の本来の力を引き出し、
ベストパフォーマンスを出す秘訣だとお伝えしてきました。
一言でいうと、受け身の心とは、
「身体」と「呼吸」と「心」を師匠にするということです。
禅では、これを調身・調息・調心といいます。
「受け身」のあり方はどのようにして作ったらよいでしょうか?
まずは、五感を使うことから始めましょう。
恐らく、それまでは脳を使っていますから、徐々に
脳で思考するあり方から、五感で感じるほうに
シフトしていく必要があります。
見えるもの、聞こえる音、呼吸・身体の感覚を感じる。
自分に一番合ったものでよいので、
試してみて、心が落ち着くものを選んでください。
大事なのは、「見る」のではなく、「見える」という感覚。
何かの対象物を捉えようと、ムキになって
がつがつ見ようとしないでください。
ここで感じたいのは、対象物が目に飛び込んでくる状態、
「見える」という感覚です。
禅ではこれを「半眼」と言い、大切にしています。
聴覚の場合は、「聞く」のではなく、「聞こえる」。
呼吸についても、コントロールしようとするのではなく、
自分の息をただ感じるのが大事です。
よく本に書いてある、
丹田まで深く息を入れる、
吐く息と吸う息を同じ長さにするなどという、
作為的なことをする必要は、まったくありません。
こうしていると、徐々に脳で思考する状態から
感じるという感覚に移っていきます。
あるマラソン選手は、呼吸を感じるのが一番好きでした。
なので、走り始める前のウォームアップの段階から
呼吸をただ感じます。
このウォームアップ方法に変えてから、
スタートする時に、とてもリラックスした状態で
レースに臨めるようになりました。
そして、第2段階では、身体、呼吸、心をすべて開放して、
ただ感じ、それを知るという状態を作っていきます。
もちろん、呼吸をそのまま感じ続けるのもOKです。
ただ、呼吸以外にも、手の振り、足の運び、体幹の動きなど、
他にも様々な動きが起きています。
大事なのは、ただ「知る」、「分かる」こと。
うまくいかないと、つい「これではダメだ」とジャッジしたり、
直そうとしたりしてしまいます。
これはすべて脳のシンキングマインドの働きです。
脳はいつでも良かれと思って入ってきますので、注意が必要です。
ジャッジや修正が始まったことに気づいたら、
すぐにただ「知る」ことに戻してください。
恐らく、プレー中、何回も戻すことになります。
だから受け身の心を作るには、メンタルトレーニングが必要になるのです。
先ほどのマラソンランナーは、
最初、心も身体も気持ちよすぎて、
普段より大幅にペースが速くなりました。
これには選手本人が途中で驚きました。
まさか自分がそんなペースで走れると思っていなかったからです。
それでいいのです。
それが身体や呼吸、心を師匠にした走りなのです。
しかし、ペースがあまりにも早くなってしまったために、
途中から苦しくなりました。
ここで大事なのは、身体や呼吸、心を師匠にしても、
失敗は当然あるということです。
今まででしたら、ここで過去の走りから自分のペースをはじきだし、
それを少し上回るくらいの走りに変えていました。
これは脳でコントロールした走りです。
脳は、これまで得た知識やデータから自分の走りをコントロールし、
無茶をしないように安全なラインで収めようとします。
こうしてこのランナーは、いつしか脳で作った自分の安全なペースを
超えることが出来なくなっていたのです。
身体や呼吸、心を師匠にした走りでの自分は
まったく別の自分だと思ってください。
「知る」という行為は自分の行動の鏡です。
それはフィードバックとなり、身体や呼吸、心は
さらに自分で進化してくれます。
結果として、このランナーは過去最高タイムをはじきだしました。
一番の収穫は、走っているときに、心から充実感を感じたことでした。
一歩一歩の足の運び、腕の動き、身体の使い方、周りの景色、
観客の声援などが鮮やかに飛び込んできたのです。
以前のレースでは、身体の力を抜こうとしても抜けず、
力を抜こうとすると、肝心なところが抜けてしまっていました。
ところが、このレースでは、自然に力が抜けたのです。
力を抜こうとするのではなく、自然に抜けた状態がベストです。
大事なのは、力が自然に抜ける心の状態を作ること。
これがまさに「禅を活用したメンタルトレーニング」です。
くしくも、今、メンタルトレーニングの先進国アメリカで
禅をビジネスやスポーツに生かそうという機運が高まっています。
受け身の心、ぜひ、皆さんもトライしてみてください。