スポーツのメンタルトレーニングと禅 得意というのは危険な罠

上手くいっているときには、得意なものがあることは幸せに感じます。

しかし、上手くいかない局面では、得意なものが逆に苦しみになります。

スポーツ選手をみていても、ジュニアの時に得意だったプレーが一番苦手なプレーに変わるケースがよくあります。

ゴルフでいえば、得意だったパッティングでまったく手が動かなくなる。いわゆるパッティングイップスです。

なぜ得意だったものがイップスまでひどい状況にいたってしまうのか。ここにメンタルの罠があります。

人は得意なものに頼ります。

そして、いつしか結果への過度な期待になっていきます。過度な期待は、思うような結果が出ないことで苦手に変わっていくのです。

「あなたの得意なものは?」「得意なものを見つけなさい!!」と指導している姿を見かけることがあります。

選手の中には、得意なものがないという劣等感を抱くケースもあります。そういう選手には、メンタルトレーニングの中で、別に得意はなくてもいいとお伝えしています。

もちろん、得意はあってもいいですが、それにこだわりすぎるのは良くない。プレーの調子はその日によって変わるというくらいが実はいい塩梅なのです。

というのが、何か特定のものに比重をかけすぎると、長い目で見ればどこかでバランスを崩すのです。それが得意という罠なのです。

得意ではなく、好きくらいが丁度いいかもしれませんね。

結果が出るかどうかに関係なく、好きなものは誰にでもあるものです。

もしくは、「嫌でないもの」でもいいかもしれません。

得意という言葉で自分を縛るのはやめましょう。得意の外にあなたらしい本当のプレーが眠っています。

週刊ゴルフダイジェスト第46号、メンタルトレーニングのコラム「禅の境地へ」第139回のテーマは「クラブの比重を見直す」です。

ご興味のある方は、ぜひ読んで見てくださいね。

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