40歳からのアメリカ挑戦日記117「悲しみと友達になる」

今回も無事アメリカ出張を終えることができました。
滞在中には、おかげさまで素晴らしいご縁をいただきました。

一方で、スタートから難問満載。多くの葛藤を経験した滞在でした。
この八方ふさがりの難局をどう乗り越えるか。
「もうこれで終わりかも」と思うこともありました。

以前でしたら、こうした状況に置かれると取り乱したり、
誰かを責めたりしていたと思います。

しかし、今回なぜか心は静かでした。
何をやめて、何を選べばいいのか。
本当に手放していいのか。
何度も静かに自問自答を繰り返しました。

昔から私は、どうにもならないことが苦手でした。
焦って無理やり解決策を見つけようとしたり、誰かを責めたり
することで、どうにもならないことから一時的に逃げていました。

仏教では、「慈悲の心」が大事とされています。
この世には、どうにもならないこと、不条理なことがたくさん
あります。死、病気、争い、貧富。
そのどうにもならない悲しみに共感する。
そして、悲しみを心の底に持ちながら、耐えていく。

悲しみから逃げず、いっしょにいる。
どうにもならない状況とどう上手く付き合うか。

最初は、かなり苦しさもありました。その一方で、
悲しみとともにいることで、心が静かになっていきました。
どうにもならないことと一緒にいるという感じかもしれません。
すると、不思議なことに、言葉が減っていくのです。
表面的な言葉が出なくなるのです。

今回は、これまで得たものとの別れを決断しました。
何かを捨て、別れるのは、本当に悲しみを伴いますね。
断捨離が難しい理由がよく分かります(笑)

しかし、悲しさと向き合い続ける中で、本当に大事なものが
見えてきました。まさに真っ暗な闇に見えた一筋の希望の光。

実は、希望の光はずっと、あったのですが、あまりにも
かすかな光なので、見えていなかったのだと思います。
心を一つに定める時に、見えてくるものがあります。

ある老師は、「どうにもならないことと一緒にいることで、
イマジネーションが生まれてくる。この想像力こそが
人間が持つすごい力だが、これは安易には磨かれない。
悲しみと友達になれたとき、一筋の光が見えてくるのではないか。」
とおっしゃっていました。

苦しみと悲しみには、正解はありません。
正解・不正解を超えた深さがあるように思います。

今回、捨てたことで、終わりがはっきりしたのでしょうか。
新たな展開がスタートしました。
手放したことで、ここまでやってきたことが、活きてきたのです。
また、少しだけ強くなれたかもしれません。

ただ、悲しみは人によっては苦しすぎるようです。
だから、見ないという選択もあると思います。

見る、見ない。悲しみと笑い。
いい塩梅にできるといいですよね。

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