40歳からのアメリカ挑戦日記142 「間を感じる」坐禅塾inロサンゼルス

本日は、ロサンゼルスにある禅宗寺で坐禅塾&ゼロの対話を開催しました。

まずは、小島ご住職から、禅を日々の暮らしに活かすヒントをお伝えいただきました。

私が心に残ったのは、「物と物の間に空間、事と事の間に時間をあける」というお言葉でした。

私の場合、タスク思考になったり、焦ってくると、必要かどうかで断ち切ってしまう傾向があります。

いかに「間」をとるか。

呼吸でも吐ききって、そして吸うまでには「間」があります。間がないときは、呼吸が浅く、早くなっています。いかに吐く息と吸う息の間を感じられるかを意識することも坐禅の練習の一つです。

また、人間関係でも距離が近すぎると苦しくなります。遠いと寂しくなります。「いい間」がとれている状態がお互いに楽で柔軟な関係といえます。

講義のあとは、坐禅をご指導いただきました。

今回は、坐禅が初めての参加者もおられたので、坐り方、姿勢など基本から教えていただきました。基本は何度お聞きしてもいいですね。いろいろ忘れていることがあります。

今回は、1人1人にあった坐り方を、個別にご指導いただきました。それぞれには身体の癖があるので、無理に正しい姿勢に合わせようとすると、逆に身体を痛めてしまって、長く坐れません。いかに、自分の身体にあった坐り方をするか。いわゆる趺坐だけでなく、あぐら、足が悪い人は椅子坐禅、身体が硬い人は正座、これまで、いろいろなお寺で坐禅のご指導を受けましたが、こんなに丁寧に教えていただいたのが初めてです。

参加者からは、「いつも坐禅をやっているか、あらためて姿勢の大事さを知った」
「自分にあった坐り方が分かったので、楽に坐れた」「すごく集中できた」という感想が出ていました。

坐禅を学んでも、なかなか続けるのは難しいです。それは、坐っていることが痛いのも一つの要因だと考えています。

日本のお寺では、最初は痛くて当たり前、やっていれば慣れるという指導の風潮があります。そんな中で、小島ご住職の身体を大事にするご指導は新鮮でした。

また日本で禅のご指導をいただいている藤田一照老師も坐る前のストレッチをとても大切にされます。膝や股関節を痛めないためです。

お坊さんによって坐禅の指導法もかなり違うので、自分には合わないと感じたら、いろいろな方から学ぶのもいいかもしれませんね。

小島ご住職の坐禅指導のあとは、引き続き私の方から「ゼロの対話」をやらせていただきました。ゼロの対話とは、坐禅と対話を組み合わせた「つながりの対話」です。坐禅で心が静かに整ったあとだったので、対話に入りやすかったと思います。

また、ゼロの対話の模様は後日お伝えします。

こんな感じで、今回のアメリカ滞在も後半戦に突入しています。

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