40歳からのアメリカ修行日記161 何を食べるかではなく、どう食べるか

きょうはロサンゼルスにある禅宗寺の小島ご住職から、禅についてのご指導をいただきました。

今回のテーマは「食事」です。禅にとって、食事は大事な修行です。

何を食べるかではなく、どのように食べるか。

空腹に勝るスパイスはないと言いますが、食べ方によって、食事の味は変わります。

この日は、参加者の皆さんといっしょに精進料理作りを経験させていただきました。シイタケのへたなど残った食材はお味噌汁に入れるなど、切れっ端まですべてを大事にしていきます。

恥ずかしながら、普段料理をまったくしないので、調理法など詳しいことは分かりませんが、料理を作っていると、味覚や嗅覚、視覚、触覚などさまざまな五感が働いてくるのが分かります。まさにマインドフルネスですね。

そして、禅のお寺での食事の作法を教えていただきながら、料理をいただきました。やはり何度経験しても、作法通りに上手くできません。参加者の中には頭が混乱したという方もおられました。また作法を習う中で、自分の「雑さ」が見えてきたという参加者もいました。

いろいろな気づきや発見がある中で、普段とは食事の味が違ったという感想が一番多く聞かれました。食事中は言葉を発してはいけないので、食べる事への集中力が変わってくるのだと思います。

やはり、食べることも今この瞬間をいかに大事にするかですね。これは、すべての禅の修行に共通しています。

私自身、7年前にはじめて禅のお寺で食事の修行に参加したとき、その厳しさに衝撃を受けました。その時は、もう二度とやりたくないと思ったのですが、今振り返ってみると、その後の食事の仕方がまったく変わりました。

恥ずかしながら、以前は携帯やテレビをみながら食事をすることをあったのですが止めました。また、食べ過ぎて満腹で動けないということもなくなりました。昔は噛まずに流し込んでいたのですが、食べる速度がゆっくりになりました。そして気がつくと食べた後に、食べた余韻が残るようになりました。

結果的に、腹八分目で満足感を感じることが出来るようになり、体重が大きく増えることはなくなったように思います。

不思議ですね。修行したときには分からなくても、身体で体験したことは、その後、いろいろな気づきを与えてくれます。

いかに食べることを味わうか。個人的には、味わいが深いほど幸せな気持ちになるように思います。そして、味わいが深いと自然に「ありがたい」という感謝の心が生まれてくる。そんな食べ方を今後も探究していきたいと思います。

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